みなさんは「自己投資」をしたことはあるだろうか。
自己投資というと、どこか意識の高い人が行うもののように聞こえるかもしれない。
しかし、学生時代に取り組んできた勉強や運動も、広い意味では自己投資の一つと言える。
ただ、大人になるにつれて、自己投資には「お金がかかるもの」という感覚が強くなっていった。
資格を取るための教材や講座、試験代。
運動ひとつとっても、ウェアやシューズ、ジム代がかかる。
本で新しい知識や考え方を学ぶにもお金が必要だし、音楽や動画のサブスクも、自分の気分を整えるという意味では自己投資の一種だろう。
そう考えると、自己投資は思っている以上に身近なものだ。
しかし、ふと疑問に思うことがあった。
それは、「それは本当に自己投資と呼べるものなのか?」ということだ。
資格であれば合格しているのか。
運動であれば理想とする身体に近づいているのか。
少なくともプラスに作用していれば、自己投資として一定の意味はあるだろう。
だが、現実はそううまくはいかない。
お金を払ったものの、途中でやめてしまったり、手をつけなくなったりすることは普通にある。
教材を買って満足してしまったり、ジムに通わなくなったり、読んでいない本が積み上がっていくことも珍しくない。
もし、せっかくお金を払っても、それを活用できていないのであれば——
それは自己投資ではなく、ただの浪費なのではないだろうか。
では、自己投資と浪費の違いとは、いったい何なのだろうか。
自己投資と浪費の違いは「後悔」で決まる
自己投資と浪費の違い。
僕は「後悔が残るかどうか」だと思う。
後悔しないものが自己投資で、後悔が残るものが浪費だ。
例えば、資格のために教材を買って勉強したけど、試験に落ちてしまったとする。
その瞬間は「やらなければよかった」と思うかもしれない。
でも、時間が経てば見え方は変わる。
努力した分の知識は確実に残っているし、そこまでやり切った経験は紛れもない事実として自分の中に積み上がる。
再度挑戦して合格することもあるだろうし、仮にその資格を諦めたとしても、その過程で得たものが別の努力につながることもある。
そう考えると、結果がどうであれ、それは自己投資だと言える。
一方で、浪費はどうか。
資格のために教材を買ったのに、結局ほとんど手をつけない。
買っただけで満足してしまい、教材はそのまま積み上がっていく。
後から振り返ったときに、
「なんでこんなものにお金を使ってしまったんだろう」と後悔が残る。
これが、僕にとっての浪費だ。
なぜ人は浪費してしまうのか
なぜ人は浪費してしまうのか。
理由は人それぞれあると思うが、ひとつ言えるのは、
「不安を消すための支出」は後悔しやすいということだ。
例えば、受験のとき。
まだ一冊の参考書もやりきれていないのに、別の参考書を買ってしまうことがある。
これは、「このままだと試験に落ちてしまうかもしれない」という不安を消すための行動だ。
社会人になってからも同じだ。
周りが資格を取っているから、自分も何か取っておいた方がいいかもしれない——
そんな気持ちで教材を買ってしまうことがある。
これも、他人との比較や焦りからくる「将来への不安」を埋めようとしている状態だ。
こういった支出は、いつの間にか「買うこと自体」が目的になってしまう。
そして、そのまま使われずに終わり、後悔だけが残る。
だからこそ、
他人との比較や現状への不満から生まれる不安には、特に注意が必要だ。
自己投資にするための基準は「静けさ」
では、どうすれば浪費ではなく、自己投資になりやすいのか。
僕が意識しているのは、
「その支出は、静けさを増やすかどうか」という基準だ。
静けさについては前の記事でも触れたが、
ここでは「自分の心が落ち着く方向に進むかどうか」と考えている。
例えば資格の勉強であれば、
「この仕事でこういうことができるようになりたい。そのためにこの資格が必要だ」
と納得できるのであれば、その支出は自己投資になる。
逆に、
「なんとなく不安だから」「周りがやっているから」という理由であれば、
それは浪費に近づいていく。
まとめ
自己投資と浪費は、明確に分けられるものではない。
なぜなら、そこには人それぞれの判断基準があるからだ。
僕は「静けさを増やすかどうか」という基準で考えているが、
その基準自体も人によって違っていいと思う。
ただ、ひとつ言えるのは、
自分なりの判断基準を持つこと自体が大切だということだ。
基準を持たなければ、気づかないうちに「買うこと」だけが目的になり、
浪費を繰り返してしまう可能性がある。
もちろん、最初からうまくいくとは限らない。
自己投資のつもりが浪費になってしまうこともあるし、
間違うこともある。
実際に僕自身も、30代になるまでに何度も浪費をしてきたし、
そのたびに後悔してきた。
それでもいいのだと思う。
大切なのは、その都度気づいていくこと。
そして、自分の判断基準のズレを少しずつ修正していくことだ。
そうしていけば、
未来の自分にとって意味のある使い方ができる確率は、確実に高まっていく。
最後にもう一度、自分に問いかけてみる。
その支出は、静けさを増やすだろうか。
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