朝の重さから始まった違和感
30代になり、「この働き方をこのまま続けていいのか」と考える時間が増えた。
仕事の前日に感じる、静かな重さ。朝、目が覚めた瞬間に思い出す現実。
はっきりとした不満があるわけではない。給料が極端に低いわけでもない。人間関係が壊れているわけでもない。
それでも心の奥で小さな声がする。「このままでいいのか?」
周囲は普通に働き続けている。キャリアを積み、昇進し、安定を手にしている。
なのに自分の神経だけがどこか拒否している。これは甘えなのか。根性が足りないだけなのか。
そうやって自分の違和感を何度も否定してきた。
完全不労=働きたくない、ではない
私が「完全不労を目指す」と言うと、きっとこう思われる。「ただ働きたくないだけでは?」
でもそれは違う。働くことそのものが嫌なのではない。嫌だったのは、精神的に拘束され続ける状態だ。
常に評価され、数字で測られ、目に見えないプレッシャーに晒される。
成果が出れば当然。出なければ自己責任。
この構造の中にいると、気づかないうちに「自分の感情」よりも「求められる振る舞い」が先に立つ。
その結果、少しずつ自分の輪郭が薄れていく感覚があった。
私が欲しかったのは豪華な生活ではない。静けさだった。
完全不労とは、何もしない生活のことではない。
精神的に誰にも握られていない状態、つまり「心が静かな状態」を取り戻すことだ。
30代という現実
30代は微妙な年齢だ。若手でもない。ベテランでもない。それなのに責任だけは増える。
20代の頃は「まだこれから」と言えた。30代になると「そろそろ形にしないと」という空気が漂う。
このまま今の会社で働き続けるのか。転職するのか。独立するのか。
「会社辞めたい」と検索する夜と、「でも安定を失うのは怖い」と思う朝。
その往復が、じわじわと心を削る。何よりつらいのは、決めきれない自分を責めてしまうことだった。
営業ノルマがきついという構造
私は営業という仕事をしている。売ること自体は嫌いではない。誰かの課題を解決できたときは素直に嬉しい。
でも「売らなければならない」という構造の中では話が違う。
ノルマ、進捗管理、数字の報告、未達へのプレッシャー。
気づけば「人のため」よりも「数字のため」に動いている。
嫌だったのは営業という仕事ではなく、営業している自分だった。
押し切る、背伸びする、都合よく見せる。そういう自分に、毎回小さく傷がつく。
ここに私の違和感の正体があった。
自由とは何か?心が静かな状態
あるとき、仕事から完全に離れた時間の中で、ふっと呼吸が深くなる瞬間があった。
何も生産していない。誰にも評価されていない。競争も比較もない。ただ静かだった。
そのとき思った。「ああ、自分が欲しかったのはこれだ」と。
自由とは収入の額ではない。肩書きでもない。
心が静かな状態。誰かの都合で自分をすり減らさなくていい状態。
私はその静けさを、一過性の気分で終わらせたくなかった。
不労所得を目指す前に向き合った不安
もちろん理想だけでは生きていけない。生活費はかかる。将来への備えも必要だ。不労所得は簡単に手に入るものではない。
正直に言えば不安はある。収入が途絶えたらどうなるのか。本当に自分にできるのか。
でも気づいた。不安があることと、方向性が間違っていることは同じではない。
違和感を抱えたまま10年過ごすことの方が、私にはよほど怖かった。
だから私は、衝動ではなく「後悔を最小化する戦略」で動くことにした。
だから私は収益を生む装置を作る
感情だけで辞めるのではない。構造で抜ける。
そのために、収益を生む装置を作ることにした。その一つがこのブログだ。
このブログは自己表現の場というより、「判断材料を誠実に提示する場所」にしたい。
押し売りはしない。読書で得た視点を整理し、働き方に悩む30代が考えるための材料を置いていく。
今はまだ小さくても、積み上がれば装置になる。
まずは30記事。6ヶ月は撤退しない。70点で公開する。
才能前提ではなく工程前提。これは逃げではなく戦略だ。
補足:なぜ「読書」なのか
私にとって読書は、気合いを入れるための道具ではない。思考を整えるための道具だ。
感情が荒れているとき、人は判断を誤る。勢いで辞めて後悔したり、逆に怖さで何もしなくなったりする。
本は、他人の経験や理論を借りて、自分の状況を言語化する手助けになる。
「何が嫌で」「何が欲しくて」「どこまでなら耐えられて」「何なら捨てられるのか」。
それを整理できるだけで、心の騒音は少し下がる。
完全不労を目指す前に決めた戦略
私は「今すぐ辞める」ではなく、順番を決めた。
①生活を守る、②副収入を育てる、③主軸を移す、④最後に完全不労へ近づく。
この順番なら、怖さに飲まれにくい。小さく試して、ダメなら軌道修正できる。
だからこそ、いまは評価しない。30記事に到達するまでは、結果で自分を裁かない。
もしあなたが同じように苦しいなら
最後に、私が自分に向けている質問を置いておく。
・本当に嫌なのは「仕事」か、それとも「拘束」か
・嫌な部分は、環境を変えれば消えるのか、それとも構造の問題か
・心が静かになる時間は、最近あったか
・不安の正体は「お金」か「世間体」か「失敗」か
答えはすぐ出なくていい。ただ、問いを持っているだけで、流され方が変わる。
まずは「自由とは何か?」という問いから整理してみる。
次の記事では、私が京都で感じた静けさと自由について掘り下げる。


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